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2019年9月21日 (土)

『我思う故に我あり』西洋医学ヒポクラテスの誓いと医王釈尊薬王耆婆の『無我』大慈悲仏法

 医の倫理はなにも特別なものではなく、人倫そのものである。人倫とは、すべての人はあらゆる点で真に対等であり平等であることを、霊長類という生物としてのすべての行いで表現するということである。医の倫理というとき、医者と患者が各々一人の人間としてあらゆる点で対等であり平等であるということを意味している。

 これがヒポクラテスの言葉で次のように表現される。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%9D%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%AA%93%E3%81%84

 

○ヒポクラテスの誓い(日本語訳):現実に医学部で使用されているものではなく直訳したものを記す。

 ・医の神アポロン、アスクレーピオス、ヒギエイア、パナケイア、及び全ての神々よ。私自身の能力と判断に従って、この誓約を守ることを誓う。

 ・この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与えて、必要ある時には助ける。

 ・師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。

 ・著作や講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。

 ・自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。

 ・依頼されても人を殺す薬を与えない。

 ・同様に婦人を流産させる道具を与えない。

 ・生涯を純粋と神聖を貫き、医術を行う。

 ・どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う。

 ・医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。

 この誓いを守り続ける限り、私は人生と医術とを享受し、全ての人から尊敬されるであろう!
しかし、万が一、この誓いを破る時、私はその反対の運命を賜るだろう。

 

___転載了___

 


この誓いの第4項にある「医の規則に従って」が医師が医療準則に従って善管注意義務を果たして診療することを意味し、「誓約で結ばれている」が医師法を守ることで医師免許が保たれるということを意味するのである。

 


『無我』大慈悲仏法

 ○聖徳太子が大王としてこの国を仏の教えに従って治めると宣言して以来日本人の情操教育の根本となった釈尊の言葉に「すべての人に仏性がある」とあり、これが先述の人倫の説明の根幹である。

「仏教聖典」昭和48年仏教伝道協会発行から引用する。
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一、仏の心とは大慈悲である。あらゆる手だてによって、すべての人びとを救う大慈の心、人とともに病み、人とともに悩む大悲の心である。
ちょうど子を思う母のように、しばらくの間も捨て去ることなく、守り、育て、救い取るのが仏の心である。「おまえの悩みはわたしの悩み、おまえの楽しみはわたしの楽しみ」と、かたときも捨てることがない。

四、親はどれほど多くの子どもがあっても、そのかわいさに変わりがないが、その中に病める子があれば、親の心はとりわけその子にひかれてゆく。

仏性は、実にもっともすぐれた人間の特質である。仏の教えにおいては、男女の差別を立てず、ただこの仏性を知ることを尊いとする。
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この釈尊の教えから、薬物という毒と医療器具という侵襲物で施療する現代医学における医の倫理というべきものを考えれば、それは「鬼手仏心」であろう。鬼神の如き強力な現代医学の侵襲を、必ずこの患者の苦痛の源を取り除き命を救おうという堅固な仏心を抱いて、患者の身体に加えるという意味である。ここで治療を行う医者と治療を受ける患者は、互いにともに等しく仏性を持つ一人の人間どうしである。
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